ご挨拶

 近年のバルカン半島は、幾度もの戦争や政治変革を経験してきました。第一次世界大戦後の国境の制定による移動の制限、第二次世界大戦後に社会主義化に伴う集団化政策により、夏は山岳地帯、冬は低地や海岸沿いへと季節移動していた移牧は、徹底的に変革を余儀なくされてきました。バルカン半島に培われてきた伝統文化の多くが、既に失われてしまったのです。

 私たちは、バルカン半島の社会構造や生業が激変する100年ほど前から今日に至るまで、移牧についての写真を多数所有しています。これらの写真群は、社会や移牧が劇的に変貌してしまう以前の極めて貴重な情報を多大に伝えています。写真は、文字では説明しきれない当時の状況や情報を迫力をもって伝えてくれます。これらの移牧に関した貴重な写真群に説明を付け、写真が表現している特徴別に整理し、アーカイブ化して一般公開することは、牧畜研究のみならず、広範囲な学術研究、そして、関心のある多くの人々に広く有益な情報を提供することになりましょう。

 ここに、近代社会激動以前の移牧についての写真群に、ブルガリア語・英語・日本語で説明を付し、アーカイブとして一般公開します。アーカイブは、移牧を中心にし、当時の自然環境、衣服、住居、食文化、祭など、広範囲に及びます。このアーカイブを訪ねる方々のご要望に少しでも応えられれば、とても幸いです。ご意見やご要望などを頂ければ、とても嬉しく思います。私たちは、このアーカイブを更により良いものにしていきたいと願っています。このような写真を持っている、一緒に活動や共同研究をしたいという方がおられましたら、ぜひご連絡ください。バルカン半島の移牧を初めとする文化の保全に共に取り組んでまいりましょう。

 このアーカイブの構築は、日本の三菱財団の助成(人文科学研究)を受けて行われたものです。三菱財団の助成を受け、日本・ブルガリア合同プロジェクトチーム「バルカン半島南部における近代社会激動以前の牧畜生業の復元とアーカイブ化」が発足し、2014年から2017年の3年間かけてアーカイブを構築したものです。ここに、三菱財団への感謝の意を表します。

ブルガリア側代表
ブルガリア国立民族学博物館
スヴェトラ・ラクシエヴァ

日本側代表
帯広畜産大学
平田 昌弘